歴史を知れば見方も変わる!?ベルギーの歴史やナポレオン戦争との関わり

歴史を知れば見方も変わる!?ベルギーの歴史やナポレオン戦争との関わり

高校の頃、ナポレオン戦争について勉強したなぁ、、
なんて言いつつ当時の私は世界史に興味が無く、全く覚えておりませんでした…笑

大人になるにつれ、海外の方とコミュニケーションを取ったり、旅行に行ったり、、
そんな経験を積んでいくうちに今更ながら世界の歴史をもっと知りたいなんて思うようになりました。
特にベルギーに越した今、ヨーロッパの歴史は知っておいて損はありません。

ベルギーはどのようにして建国されたのか、そしてベルギー建国に至るまでに大きな節目となったナポレオン戦争について、
簡潔にまとめてみたいと思います。

ナポレオン戦争の終わり、ワーテルローの戦い

ナポレオン戦争とは、1796年~1815年まで、フランス皇帝ナポレオンによって展開された戦争のことです。
「革命の理念を全ヨーロッパへ広げる」という大義の下ではありましたが、実際には征服戦争が始まっていきます。
ナポレオンの天才的な指揮能力で数々の勝利をおさめ、勢力を拡大していきました。

この頃の周囲のヨーロッパ各国はナポレオン軍を倒すため同盟を組み始めます。
これにより、1813年にはプロセイン(後にドイツ帝国となる)、オーストリア、ロシア、スウェーデンの連合軍に敗れ、一度皇帝の座を奪われたナポレオン。

しかし、さすがナポレオン。1815年には再度皇帝に返り咲きます。
それを受け周辺国は「今度こそナポレオンを打倒するぞ!」と軍隊の動員を始めます。
ナポレオンは全軍が合流する前に倒そうという作戦を立て、当時イギリス、オランダの連合軍とプロセイン軍が駐留していたベルギーへ向かい、そこで起きたのがワーテルロー戦争。

しかし肉体的にも衰え始めていたナポレオン。
指揮がうまく伝達されなかったことや、天候により戦機を逃すなどの失態が仇となり敗退します。

この戦では、1815年6月15日から6月18日のたった3日間でフランス軍4万人以上、同盟軍も2万人を超える死傷者を出しています。
いかに凄まじい戦争だったかがわかりますね。

20年以上に及ぶナポレオン戦争が終わったと同時に、この戦でフランスにイギリスが勝利したことにより第二次百年戦争も幕を閉じたわけです。

ベルギーができるまで

建国以前は大国の一部であるか、小国に分裂していたそうです。
周辺国の中間ともいえるこの地域は、戦略的にも重要な位置とされ、「ヨーロッパの戦場」と呼ばれることも。
1794年~1814年まで、フランスに占領されていたベルギーですが、
ナポレオン戦争が終わり間もなく、勝利した大国たちは会議を開きネーデルランド連合王国を建国します。
現在のベルギーに存在したリエージュ司教領もここに正式に合併されました。

しかし、政治上ベルギー人は少数しか占められなかったことや、オランダ語圏が多数の王国から排他的な感覚を覚えた南部フランス語圏では不満が募っていきました。

そして1830年にベルギー独立革命がおき、ついにベルギー王国建国となりました。
1831年7月21日は、初代ベルギー国王レオポルド1世が即位した日であり、ベルギーの建国記念日として現在祝日になっています。

 

 

歴史を知るといろんなことが見えてくる

現在フランス語やオランダ語、ドイツ語など各国の言葉が使用されるベルギー。
昔は様々な国からの占領や、国と国の中継地点などとしての歴史がほとんどだったのですね。
現在EUの拠点となっている理由もこのことから納得できます。

私が住む地区はワロン地区、現地の友人たちは口をそろえて、「ベルギー人がオランダ語圏でフランス語を話すと嫌な顔される」などと言っていました。
そしてワールドカップの際には「フランスだけには絶対負けたくない!」と言っていたり。

現在も歴史の名残があるのでしょうか。
自分で歴史について学んでみると、その背景が細かく見えてきて納得することが多々あります。

海外に来てよく思うのは、みんな自国愛がとにかく強い。
そして若い人たちも政治に関しても積極的、歴史についてもよく知っています。
高校の頃の私とは大違いです。笑

まずは自国、日本の歴史も勉強しなおしだなと強く思いました。

少しでも歴史を知っておくと見方も変わり、その国により興味を持てると思います。
ベルギーには戦争に関する博物館や記念碑などの観光スポットが多数あります。
関連記事:ベルギーの凱旋門 サンカントネール公園と王立博物館

ベルギーに訪れる前に、この記事が旅をより豊かにするお手伝いになればうれしいです。