ディナンの歴史 絶景!崖上のシタデル

ディナンの歴史 絶景!崖上のシタデル

今でこそ美しい街並みで有名な観光都市となっていますが、実は多くの戦争に巻き込まれ悲劇の時代を過ごしたディナン。
訪れる前に少し歴史を探ってみましょう。

ディナンの歴史

10世紀ごろ、当時リエージュの支配下にあったディナン。
リエージュの司教は今のシタデルがある場所に城を建てました。
その後順調に街は育ち繁栄していきます。
15世紀半ば、ディナンでは銅産業が栄えており、およそ3万人もの民衆を抱える人口密度の高い豊かな町でした。

しかしムーズ川が中心に流れるディナンは各国の軍事要所として利用されることになります。

最初の悲劇は当時ディナンにあったフランス軍の塔を、隣町ナミュール軍が破壊したことにより始まります。
この攻撃を受けてディナンの伯爵はナミュールの王を侮辱したのです。
するとナミュール側は完全にディナンを敵とみなし、報復として三万人の軍隊を引き連れディナンを包囲攻撃します。
その攻撃はなんと13か月も続き、ディナンは焼き尽くされ、降伏を強いられました。

たった少しの言動や、個人間で起きた問題も、当時の緊迫する各国からの圧迫や近隣都市との微妙な立ち位置では一つの豊かな街を滅ぼすほどの事態に発展したのです。

1530年、何とか再起しようとディナンは踏ん張り、リエージュの39番目の司教が再び城を再建します。
しかし間もなくの1554年には、フランスのヘンリー2世によって再び破壊されてしまうのです。

それでもディナンはまた都市の再建に成功し、しばしの間繁栄するまではいかずとも静かに街として機能しました。

それから100年ほどの時が過ぎ、1675年、悲劇は再び訪れます。
フランスのルイ14世がディナンを軍事要所として使用するため包囲したのです。
フランス軍は崖上に立つ城を要塞として再建することを目指しますが、群が通る道が巨大な岩の壁に阻まれていたためにたどり着くことができなかったそうです。
そこでフランス軍は壁を破壊し群を進めます。
その時にできた道が現在もRocher Bayardという名で残っています。

(出典:http://www.dinant.be)

この巨大な岸壁に道を作るとは、、
現在は有名な撮影スポットとなっています。

見事に城へたどり着きディナンを制圧したフランス軍は城をより大きく、そして要塞として再建します。
そしてフランス軍は当時敵対していたスペイン軍とディナンにて戦争を始めるのです。
日本の世界史でも勉強したかなあ、、これが仏蘭戦争です。
スペインはオランダと同盟を組んでいたのですね。

ディナンの街は戦争によりまたもや破壊されたうえに、飢饉や疫病流行に苛まされました。

1697年、フランスとオランダはナイメーヘンの和約を結び、ようやく終戦を迎えます。
この和約を結ぶにあたり、城は一度解体されました。

その後ナポレオン戦争も終結を迎え、1818年当時のネーデルランド連合国(オランダ)はディナンを支配下に置き、現在のシタデルを建設します。
1830年にはネーデルランドから独立し、ベルギー王国として建国。
ディナンもこれに合わせて支配下から逃れることができました。
関連記事:歴史を知れば見方も変わる!?ベルギーの歴史やナポレオン戦争との関わり

1914年、1944年と第一次世界大戦、第二次世界大戦において再び戦いの中心となるのです。
この時はフランスとベルギーは同盟を組んでいたため、フランス軍と共にドイツと戦うことになるわけです。

当時のフランス軍が死ぬまで戦い倒れていく様子が現在のシタデルにも展示されています。

波乱の歴史を持つディナン。
幾度と繰り返される戦争を経験してきた街。
何度も滅び、何度も再建した街。

ディナンは、現在を生きる私たちには想像もできないほどの物事を見てきた街なのです。
何度も破壊されてはいますが、岸壁、ムーズ川は今も変わらず当時のまま、街の壮大な景観を作り出しています。

シタデル

現在のシタデルは決して忘れてはいけない過去の事実を現在にも引き継ぐために大きな歴史館として現在は運営されています。

崖上のシタデルへ上るには、1821年に岩を切り崩し造られた408段の階段を上るか、ケーブルカーを使って上ることができます。


当時からそのまま残る408段の階段の頂上。


ロープウェイ。

上るのは結構な体力が要るので、私は行きはロープウェイ、帰りに階段を使いました。
両方とも素晴らしい景色が見えます。

館内

シタデル内には当時使用されていた大砲、武器そして戦争に関する資料などが沢山展示されています。

戦時に軍が実際に使用し、実際にこの場所で戦いが起きていたと思うと鳥肌が立つ思いでした。

シタデル内の壁にはいくつもの写真のような窓が作られており、当時はここから攻撃をしていたそう。

牢獄やギロチンが置いてある処刑室なども見ることができます。

壊れたドアがなんともリアルで鳥肌が立ちました。

そしてシタデル内でも大きな見どころとされている壊れた地下室。

戦時中に破損し、部屋が丸ごと斜めに傾いているのです。
写真のように普通に立つだけで面白い写真がとれます。
結構なきつい傾斜で、手すりにつかまらないとバランスを崩し歩くのもやっと。

館内ではこのように沢山の体験をすることができます。
世界を動かす戦争の中心となってきた軍事要所、そこでしか学べないものが必ずありますので、是非目で見て触って当時のことを肌で感じていただきたいです。

絶景

戦争の背景とは裏腹に、シタデルからはベルギーが誇る絶景を見ることができます。

穏やかに流れるムーズ川、街のシンボルであるノートルダム教会や民家を一望することができます。
何度も破壊され一度は砂漠のように焼き払われてしまった街とは思えない美しさ、、

幾度となく訪れた争いを乗り越えてきた街です。
シタデルで戦争について学んだ後に見る景色には、目に映るもの以上のものを感じることができます。

そしてどこまでも続くように見えるムーズ川に自然の雄大さを思い知らされます。

きっと忘れられない眺めになるはずです。

カフェレストラン

シタデルには絶景を眺めながら食事ができるカフェレストランがあります。

オフシーズンはメニューが限られますが、フリッツやクロックムッシュなどの軽食が頂けます。
何時間でも居座ってしまいそうな絶景の中での食事は最高です。
是非立ち寄ってみてください。

カフェレストランのそばには子供用の広場も用意されていましたので家族連れできても楽しめそうです。

 

いかがでしたでしょうか?

世界中どこの国にも戦争の過去があるはずです。
平和にぬくぬくと育ってきた私にはとても刺激的な場所でした。
決して繰り返してはいけない、忘れてはいけない過去の出来事。

個人間で起こる小さな争いも、そもそも人間の欲から生まれるもの。
それが大きくなれば国と国との問題に発展する可能性は大いにあるのです。

今を生きる私たちは被害者でもなく加害者でもありませんし、一個人で何ができるという訳ではありませんが、こういった場所で学んだ事をしっかりと吸収していきたいですね。

 

シタデル
住所:Place Reine Astrid 3, 5500 Dinant
公式サイト:https://www.citadellededinant.be/en/
営業時間
4月~9月:全日10時~18時
10月~11月中旬:全日10時~17時30分
11月中旬~3月:10時~16時30分(金曜休み)
1月:週末のみオープン

料金:大人8.5€/4歳~12歳6€ (ロープウェイ付き)


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